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私たちは、置かれた状況が芳しくなかったり、好まない経験をする時に、“なぜ”と問いかけます。クリスチャンとしてもそのようにするかもしれません。今回からローマ人への手紙を学んでいきますが、筆者であるパウロは、神様からの贈り物に対して、(肯定的に)“なぜ”と問いかけ続けた人であると言えます。今回は先ず、パウロが神様によってどのような人に変えられたのかを学んでいきましょう。
パウロの元々の名前はサウロで、彼はユダヤ人として生まれ、若くしてユダヤ教の律法学者であるガマリエルのもとで学び(使徒22:3)、パリサイ人となりました。
ローマ人への手紙は、パウロが書いた(聖書中の)書では最長のものです。彼はローマを訪問する前に(AD56年頃コリントから)ローマにいるクリスチャンに向けて書いたものです。(1:7)(AD60年頃 彼がローマを訪問するのは“キリストの囚人として”です)この手紙(書)は新約聖書の中では、信仰者に必要な教えを最も神学的・組織的に紹介しているという点において、最も重要な書と言えます。
“パウロの福音書”と言われるほどのローマ人への手紙の主題は、福音であり、パウロはこの書で信仰による義認を説いていきます。
*「キリスト・イエスのしもべ」:パウロは先ず自分を、イエス様によって買い取られたしもべ(奴隷)として紹介しています。“しもべ”はギリシア文化では半永久的に使役される奴隷を指しますが、パウロはヘブル的感覚でこの語を用い(高め)、自身が愛し尊敬する主人に快く(完全に)自分を提供し仕える存在として説明しています。
*「使徒として召された」者:パウロは救い主イエス様の特別な使者として召された(呼ばれた)人です。このことには、神様によって選ばれ任命されたという意味が含まれています。イエス様ご自身が彼をこの役目に任命し、働きをまっとうするために訓練されたのです。彼は自分が使徒であることを確信して働き続けることができました。
*「福音のために選び出され」た者:パウロは、異邦人に福音を伝えるために聖別された(取り分けられた)人でもあります。パウロは神様からの良い知らせ(福音)を伝えるために選ばれました。この福音には、神様は人の罪を赦し、人を罪の力から解放し、人に永遠の希望を与えることが含まれています。
パウロは(クリスチャンを迫害していた真っ最中の)ダマスコへの途上でイエス様に選び出されたのですが(使徒9章)、神様のご計画によって、彼が未だ母の胎にある時から(ガラテヤ1:15)、そして世界が始まる前から選ばれていたのです。(エペソ1:4)
結論: 神様の不思議な救いはあなたにも用意されている
パウロは“なにゆえ神は”を肯定的に神様に問いかける生涯へと変えられました。彼は、なぜ自分のようなものが救われたのか、神の愛の対象となったのかという事実に圧倒されたのです。(エペソ3:8; Iコリント15:9; ガラテヤ1:13; Iテモテ1:15)パウロは“なにゆえ神は”と問いかける中で、神様のご支配・摂理・恵みを見出したのです。その事実は彼を忠実な謙遜な信仰者・奉仕者・説教者であり続けさせたのです。
クリスチャンは“なにゆえ神は”と告白する者たちです。なぜ自分は救われたのでしょう。なぜ福音を聞くことができ、イエス様に出会い、イエス様の愛に触れることができたのでしょう。なぜクリスチャンの家庭に生まれたのか、なぜ家族・友人・同僚にクリスチャンがいたのか、なぜ神様からの良い知らせが書かれたものを読み、聖書を読む機会を得たのか、なぜ教会に来たのか。これらの問いかけの先には、恵み豊かな神様への深い感謝があります。神様の恩寵に値しない者であることを認め、神様のご計画ゆえに賛美をおささげするのです。
未だイエス様を信じていないあなたにも“なにゆえ神は”を考えていただきたいと思います。なぜあなたの周りにクリスチャンがいるのか、聖書の話を聞く機会があったのかと。神様の前では偶然もたまたまもありません。神様による状況設定には、神様の(あなたに対する)良い意図があります。それは、あなたを永遠に幸せにしたいというものです。
ローマ人への手紙は、信仰義認(信じるだけで救われること)を教える書です。人は皆 神の前では罪のある人間で、そのままでは死んで地獄へ行くことになります。しかしイエス様が罪人の代わりに罰を受けてくださいましたから、イエス様を自分の個人的な救い主(神様)と信じるなら、罪が赦され救われるのです。
イエス様は、あなたの人生と死後の永遠の幸せに高い関心をもっておられます。あなたにとって最も大切なことは、あなたを造り生かしておられるお方を知り、このお方の救い(永遠の幸せの方法)を自分のものとして受け取ることです。