私は聖書の神を信じる⑯:三位一体なる神③

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クリスチャンは、イエス様を神と信じていますが、これは普通のことではありません。「マリヤという女性から生まれた子」、「大工の息子」、そして「十字架刑で殺された」人がどうして神であると信じられるでしょう。
信仰とは、論理的な説明を納得して持つものではありません。もしそうなら、もっと多くの人がイエス様を信じることでしょう。通常、“理解できないことは信じられない”ということになります。そのような中で、クリスチャンはイエス様を神と信じ受け入れています。それは、自分には理解できない方が、理解できないことをされたということを認めているからです。それがイエス様に対する信仰のスタートです。そしてこの信仰も神様が与えてくださるものです。
今回も、イエス様が神であられることについて二つのポイントを考えたいと思います。

I. イエス様は神の職務をもっておられる
創造:天地創造はイエス様のみわざです。イエス様によってすべてのものは造られました。すべては御子イエス様のお喜びと栄光のために造られたのです。(ヘブル1:2, 10; ヨハネ1:3; コロサイ1:16)
保持:天地を創造されたイエス様は、造られたすべてのものを保っておられます。イエス様はご自分のちからあることばによって、生命の存続に必要なちからとバランスを維持しておられるのです。(コロサイ1:17; ヘブル1:3)

II. イエス様は神の権威をもっておられる
罪の赦し:イエス様は体の不自由な人や罪深い女性に対して、赦しを宣言されました。罪を犯した相手が神であるならば、神だけがその罪を赦すことができます。イエス様に、それがおできになるということは、イエス様が神であるということです。
(マタイ9:2, 6; マルコ2:7; ルカ7:48-49)
死人のよみがえり:イエス様は地上でのご生涯において少なくとも3人の人がよみがえらせられましたが、将来のイエス様によるよみがえりのみわざはこれらとは異なります。イエス様を信じたクリスチャンがやがてよみがえらせられる時、もはや朽ちることも老いることも死ぬこともない体が与えられるのです。(ヨハネ6:39-40, 54; 11:25)
すべての人のさばき:御子イエス様は父なる神様からさばきの権威を委ねられました。それはイエス様がさばきを執行されるために必要な、完全な知識と正しさをもっておられるということです。このさばきはすべての人々を対象としています。
(ヨハネ5:22; 使徒10:42; 17:31; IIテモテ4:1; Iペテロ4:5)
信者のさばき:クリスチャンとしてのさばきがあります。これはイエス様がクリスチャンを迎えに来られる(空中携挙の)後に行われるものです。このさばきは(天国か地獄かを決するものではなく)クリスチャンとしてどのような生き方をしたかを評価されるものです。
(Iコリント3:12-15; IIコリント5:10; ローマ14:10)
「羊とやぎをわける」さばき:これは諸国民のさばきと呼ばれるもので、イエス様を信じた者と信じなかった者とが振り分けられるものです。(マタイ25:31-33)
不信者のさばき:これは千年王国の後、大きな白い御座の前で行われるもので、イエス様を信じなかった人々が対象です。人生におけるすべての思い、言葉、行動の記録がこのさばきにおいてすべて提示されます。そして聖なるイエス様の完全な基準(ことば)と照らし合わせられる時、誰一人“良し”とされる人はおらず、永遠の刑罰に定められるのです。
(黙示録20:11-15)
サタンのさばき:このさばきは最初の人が罪を犯した時に宣言されているものです。(創世記3:15) 後に肉体をお取りになったイエス様は(すべての人の罪を背負って)十字架の苦しみを受けられましたが、その死と死後の復活によってサタンに勝利されました。(ヘブル2:14) そして究極的な勝利が明らかになる時、サタンは火と硫黄の池に投げ込まれるのです。(黙示録20:10)

まとめ: クリスチャンは、イエス・キリスト様が神であると信じる
イエス様が何をなさったか(なさっているか)、どのようなちからをもっておられるかという事実は、私たちの世界観に絶対的な影響を与えます。イエス様がこの世界を、そして自分をお造りになったお方であられるという事実は、あなたに、神様に対する畏敬の念を抱かせるでしょうか。世界を創造されたお方がおられ、自分は造られた者(被造物)であるという事実はあなたを神の前にへりくだらせるでしょうか。このお方によって生かされ、備えられた日を過ごすことができる事実を特権ととらえるでしょうか。尊いお方が、あなたに尊い命を与えられたことを認識し、感謝をもって神様のために生きるでしょうか。イエス様が(神の前における罪を赦し、永遠に生きる者とされた)救い主であられる事実は、神様への賛美と感謝を促すでしょうか。イエス様を神と信じるのであれば、すべてそうであるはずです。信じている者には、イエス様の身代わりの死によって罪が赦されていることの安心があるからです。死後の復活と永遠のいのちの希望があるからです。すべてを正しくさばいてくださる神様への信頼があるからです。イエス様を信じるとは、目を天に(神に)向けることです。自分自身や周囲の人々、そして社会の状況は移り変わっていきますが、イエス様の神としての現実は変わりません。イエス様の救いに変更はありません。イエス様の約束は成就します。そしてイエス様はあなたのために今日も生きて働いておられるのです。

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