聖書の神は救いを用意された⑧:イエス様の死の意義⑤

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聖書が教える「あがない」は、“買い取る”ではなく“買い戻す”という意味をもっていることは重要なポイントです。それは、人が神様に造られた存在として、“あるべき姿へと回復させられること”を意味します。そのためにイエス様はこの世界に来られ死なれました。今回は、イエス様のあがないのみわざが意味するところをもう少し掘り下げたいと思います。

I. 律法のからのあがない
先ずあがないは、完全な神様から与えられている律法(基準)を守ることができないために、罰を受けなければならないという現実、そしてその律法そのものから解放されることを意味しています。(ガラテヤ3:13)罰を受ける者は、神様にのろわれる者となることを意味しますが、イエス様が私たちの代わりにのろわれる者となってくださいました。イエス様が罰をお受けになることにより、神様の(正しさゆえの)要求は満たされ、イエス様を信じた者への神様の怒りは抹消されました。罪に対して奴隷であった私たちを解放し、永遠の死の宣告から買い戻されたのです。(ガラテヤ4:5)
イエス様を信じた者には、もはや死という代償が要求されません。律法のもとから神様の恵みのもとへと移されたからです。(ローマ6:14)すでになされたイエス様による“死のみわざ”は、神主導でおこなわれ、信じる者は、罪に定められること、罰を受けることに対して永遠に死んでいるのです。(ローマ7:4)

II. 力としての罪からのあがない
またあがないは、罪からの解放を意味します。(ローマ6:14)なお罪の誘惑は現実であり、対処しなければならないことは事実ですが(13節)、罪が最高の権威をもって(信じる者を)コントロールすることはないのです。その理由は、私たちの「古い人」が十字架につけられたことにあります。(ローマ6:6)イエス様が死なれた時、“一緒に死んだ”、という扱いを受けているからです。イエス様は、私たちの身代わりであるとともに、私たちの代表として死なれたのです。もう一つの理由は、私たちが恵みの下にある、ということです。律法はすべきことを指示する一方で、それを実行するための力は与えません。罪人は、(逆に)禁じられたことをしたいと思う欲を掻き立てられるのです。しかし、イエス様を信じた者は罪に対して死んだので(ローマ6:2)、今度は神様の聖さを映し出すために生きるのです。そのために聖霊が与えられ、神様に対する愛の動機が与えられているのです。

III. サタンからのあがない
イエス様の死と復活のみわざはサタン(悪魔)を滅ぼし、死に対して勝利しました。(ヘブル2:14-15)もはやサタンは信じる者に対して無力です。信じる者は、死の恐怖から、また霊的束縛から解放されたのです。
(Iコリント15:54)

IV. すべての悪からのあがない
このあがないは究極的なもので、信者がなお待っているものです。(エペソ1:14)信じた者の中に住まわれる聖霊は、後に経験する祝福の“頭金”、“手付け金”のようなものです。「初穂」は後の収穫を期待させます。そのように、聖霊をいただいた信者が聖霊(御霊)の実をつけ始め、そしていつの日かイエス様のように変えられるのです。(ローマ8:23)現時点においては、なお残る罪の性質ゆえにうめいていますが、やがての時、肉体的な面のみならず、損なわれたすべての部分が回復されるのです。
(エペソ4:30; ルカ21:28)

まとめ:イエス様の死は私たちの完全なあがないを実現した
私たちは、自分も他人もあがなうこと(救うこと)はできません。神様の前における、罪人であることの代価、罪を犯すことの代価は莫大でその支払いは不可能です。しかし、イエス・キリスト様は、ご自分の死をもって、私たちの買戻しを実現し、私たちを罪ゆえのあらゆる負のものから解放してくださいました。それゆえ私たちは、永遠に向かって神様の子どもとして新しい歩みを始めることができたのです。もうしばらくすると究極のあがないが現実のものとなります。すべてが新しく完全なものとされるのです。その日を待ち望みつつ私たちは前進・成長することが出来る者とされているのです。

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