大切なことは一つだけ

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今から約2千年前、エルサレム城外には3本の十字架が立てられていました。ルカの福音書にはイエス様と、同時に十字架にかけられた犯罪人とのやりとりが記録されています。この記録は人が知るべき真実を凝縮しています。神様とは誰で、人とは何者なのか、そして神様は人のために何をしたかを教えています。そして同時に聖書が教える救いとは何かを明確にしています。

イエス様の十字架刑までの経緯:(神が人となってお生まれになったお方である)イエス様は、30歳になられた頃、地上でのお働きを始められました。イエス様は、神とはどのようなお方であられるかを教え、ご自分が神であられることを宣言し、その証明として数々の奇蹟を行われたのです。当時の宗教指導者たちはイエス様を嫌っていました。イエス様の教えや主張は、神を冒涜しており、律法に反するものであると認識したからです。何より、自分たちよりも、イエス様が人々の間で称賛されることを我慢することは出来ませんでした。彼らの嫌悪は殺意に発展し、殺害計画が実行に移されました。彼らにとってイエス様の十字架刑は、念願の実現であったのです。

イエス様の十字架刑:イエス様の十字架刑と同じタイミングで2人の犯罪人が十字架につけられました。ルカは十字架上でのイエス様のとりなしの祈りを記録しています。宗教指導者たちやローマ兵たちは、イエス様を嘲り、侮辱しました。当初はその輪の中にいた1人の犯罪人の様子に変化が見られました。最後に人生が大きく変えられた犯罪人がした3つのことを学びましょう。

*イエス様が神であると認める
犯罪人は、イエス様をののしっているもう一人の犯罪人に、「おまえは神を恐れないのか」とたしなめました。(少し前まで同じようにののしっていたようですが)少なくともそうすることは間違っていると認識したということです。同時に隣りで十字架にかかっておられるイエス様は、「悪いことを何もしていない」ことを認めました。イエス様の、(自分を十字架にかけた者たちのための)赦しの祈りを聞いたり、そのふるまいを見ていたのでしょう。この方は自身の罪の罰を受けているのではないこと、普通の人とは違うことを認識したのでしょう。赦しの祈りは自分のためであると認識したかもしれません。

*自分が罪人であると認める
犯罪人は、自分は自らがしでかしたことの当然の罰を今受けていることを認識しました。何一つ悪いことをしていないのに刑に処せられているイエス様、そうでありながら赦しの祈りをされているイエス様を前にして、自分の罪深さが鮮明にされたことでしょう。(人ではなく)神様の基準で自分を見るなら、皆罪人です。“私は十字架刑になったこの犯罪人ほど悪くない”と言えるでしょうか。嘘と殺人では罪の重さに相違がありますが、根っこにあるものは同じです。どちらも、神様に背を向けた生き方から出てきているからです。神様に造られ生かされている存在でありながら、神様に感謝せず、無視し、従わない自分勝手な人間は、条件が揃うのであれば、どんな悪事でも働いてしまうものなのです。

*イエス様に救いを求める
イエス様が他の人とは違うことを認識し、神様の前に罪がある現実を認識した犯罪人は、イエス様に助けを求めました。人生の残り時間ない彼が、神様にすがるのはこれが初めてであったかもしれません。はりつけになっている彼にできたことはただ一つ、憐みを乞うことでした。

イエス様は犯罪人のリクエストにお応えになりました。最悪の人生を送った犯罪人は、人生の最後に最高の贈り物を手にしたのです。天国へ行く約束を得たのです。イエス様は、“わたしは今、あなたの救いのためにも死のうとしている、わたしを信じたあなたはわたしと同じところへ行く、そしていつまでも一緒だ”と応答してくださったということです。犯罪人は、神様が誰なのかわかり、自分が(この神様の前において)何者なのかがわかり、謙虚に憐みを求めたのです。彼はイエス様を信じました。そして永遠の救いをいただいたのです。

まとめ:唯一大切なことはイエス様を知ること
イエス様を知るなら、自分の罪深さがわかり、このお方に救いを求めるでしょう。犯罪人は、人生の最後に大切な一つのことをしました。イエス様が誰であるかを知ったのです。そして悔い改め、イエス様を(自分の救い主として)信じたのです。彼は死の瞬間、天国へ迎え入れられたのです。
十字架刑となった犯罪人が救われた事実はいくつかの大切なことを教えています。①救い(天国への切符)は人の行いの結果ではないこと、②救いはイエス様を信じることによること、そして③救いは神様の恵みだということです。
今日あなたもエルサレム城外の刑場に立っていると想像してみましょう。死を前にして、死の現実を前にして、あなたにとって大切なことは一つだけです。救いの手を差し伸べておられる神様の前に、心を頑なにしないでください。(ヘブル3:7~8)イエス様を神様と認め、罪のある自分のために身代わりとなって死なれたこと(そして復活されたこと)を信じて救いを求めましょう。

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