今朝は、台風の影響によってか風が吹いていました。クーラーが効いてる部屋から外を見ますと、爽やかな風が吹いているように思えましたが、窓を開けてみると熱風が入り込んできました。予報通り、朝から気温がどんどん上昇し、午後には体温を超すような暑さとなりました。
そのような中でも、主に在って聖なる者とされた兄姉が共に教会に集い、主を賛美し、礼拝できた事を賛美します。
メッセンジャーが、メッセージ冒頭で「世の中も、私達の肉体も様々な面で変わっていきますが、私達の神様は変わらず、神様の御言葉は決して変わらず、日々新しいこと、良いことを教えてくださることを感謝し、興奮して歩んで行きたいですね!」とおっしゃいました。
私達は御言葉を開く時に、また聞く時に、「新しいこと、良いことを教えてくださる」主にどれだけ感謝し、興奮して待ち望んでいるかと問われた冒頭の言葉でした。
今、世の中はコロナ禍のオリンピック開催で、多くの人はあまり興奮や期待を覚えることなくスタートした雰囲気がありましたが、日本人がメダルを獲ったというニュースがあれば、ある程度の興奮を覚えるでしょう。しかし、この興奮はやがて消え、冷めてしまうものです。ところが、私達の主の御言葉は永遠に変わらず、また堅固なものですから、もっと御言葉に対して感謝と興奮を持って待ち望みつつ耳を傾ける者でありたいと願います。
さて、今日も続いて神様の「聖」について学ぶ事ができました。
罪に汚れた私達罪人は、元々聖い神様を真面に見る事ができない存在です。しかし、イエス様の尊い血潮によって罪が赦された者たちは、神様の前に「聖い者=聖徒」という立場が与えられました。私達クリスチャンは、立場が与えられただけで安心し、天国に行くことを待っているだけではならない事、神様が聖であるように、私達にも聖を求めておられることを学びました。
私達が聖い生き方をする時に基準となるのは、社会の常識や周りの人間との比較ではなく、私達の主の聖い御言葉によるという事を改めて教えられました。主との素晴らしい関係が与えられた私達は、聖い生き方をする実際の歩みを通して主の栄光を最大限にあらわすことができると語られ、感謝と興奮を覚えました!主は、「何か偉大な事をしなさい!」と私達に求めてはおられません。ただ、偉大なる神様にならって、聖い歩みをし、また主に喜ばれる歩みを日々の生活で選び行動するならば、小さな者たちを通しても主の栄光があらわされるのです!そのような歩みをし、主の栄光をあらわす1人1人、また教会として成長していけますように!