1月17日 恵みの回顧

先週の日曜日は顔を合わせた何人かの兄姉のお顔を今日は、見る事ができませんでした。それは岐阜県から独自に出され、また国からも出された緊急事態宣言を受けて、教会として対応し、今週から、教会に来て礼拝を捧げる兄姉、家に留まってオンラインでの礼拝を捧げる兄姉に分かれての分散礼拝が始まったからです。今のところ1ヵ月の予定ではありますが、この状況が続きます。しかし、どのような状態に置かれても私たちが主から離されることは決してなく、それぞれの歩みにおいても主は共にいて護り導いて下さいます。ですから、一人一人がしっかり主を見上げて、主に拠り頼みつつ過ごす1ヵ月でありますように。

今日は「十字架を負う歩み」というテーマでメッセージが語られました。いつも忠実に御言葉の御用をしてくださるメッセンジャーが与えられている事を感謝します。毎週、講壇からメッセージが語られる事は、決して当たり前ではなく、このことも大きな恵みであることを覚えて、メッセンジャーである牧師の為にさらに祈り支える事ができますように。

メッセンジャーは、メッセージの冒頭で「十字架を負うとは、“損失や犠牲、恥、痛み、苦しみ、そして時には死を覚悟してイエス様に従う”という事を意味します」と仰いました。クリスチャンとして、イエス様に従う歩みをする時には“リスク”が伴うとも言われました。

イエス様の弟子の中でも、リーダー的存在であったペテロが、自分が持つ「自信」から「他の者があなたを裏切っても、私は決して裏切らない」と公言しましたが、ペテロは自分を守り、“リスク”を回避するためにイエス様を裏切り、イエス様を否定する事となり、結局はイエス様に従う事ができませんでした。私たちも時に、ペテロのように頼りにならない自分から出てくる「自信」に頼り、勢いや熱心さでイエス様に従おうとする弱い者です。また、主イエス様に従う時に見える“リスク”を恐れ、回避する選択を取ってしやすいものです。しかし、自分に頼ったり、自分を守る歩みには失敗や失望があり、自分の信仰の弱さを突き付けられて前に進めなくなってしまいそうな事だって確かにあるのです。

今日のメッセージの中で特に励まされたのは、「主は忍耐深く、憐みを持って、私たちが主に従うチャンスを与えて下さる」ということでした。ペテロは、3度もイエス様の弟子であることを否定しましたが、十字架と復活の後、ペテロに現れて下さり、「私に従いなさい」と招き、もう一度従うチャンスを用意して下さっていました。

ペテロが特別弱かったからということではなく、私たちも同じような弱さを持っており、私たちも今まで何度もイエス様を裏切り、悲しませ、従わなかった経験がある…という事実を改めて突き付けられました。しかし、主は私にもペテロと同じように「私に従ってきなさい」とチャンスを下さった…。だから、今の信仰の歩みがあります。そんなイエス様に従い、イエス様の為に生きる本当の幸いと平安の内に歩める事を心から感謝します!

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