5月30日 私は聖書を信じる⑦

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日本では聖書といえば、本としては決して安いものではありませんが、とてつもなく高価で買うことができないものでもありません。しかし一昔前であれば、欧米であっても手に入れることが容易ではありませんでした。高価であるということ以前に、聖書の絶対数が極めて少なく個人のものとして手に入れること自体が困難であったのです。イギリスでは「誰でも聖書が安価で手に入れられるように」と、世界最初の聖書協会が設立されたのです。
自分の言語で自由にみことばに触れられることを感謝しつつ、今回は、聖書は光であることについて学びたいと思います。

I. 聖書は理解を与える(詩篇119:130)
暗い部屋のカーテンやシャッターが開かれると、光が差し込んで部屋の状況がわかるように、みことばの光は、大事な事柄についての正しい理解を与えます。世界の始まり、人の起源、人の存在目的、そして人の正体(真の姿)など、全人類に共通する大事な事柄(真実)がみことばによって示されているのです。これらを知らないままで、みことばの光を受けないままでいることは、愚かな(浅はかな)ままでいることを意味します。神様がみことばを“開いて”おられるのですから、私たちもそれに向かって心を開き、みことばを意味のあるものとして受け取ろうではありませんか。

II. 聖書は導きを与える(詩篇119:105)
暗い中を移動する際には、(昔も今も)灯りを必要とします。実際の灯りがそうであるように、みことばは、実態を明らかにし、警告を与え、正しい選択へと導きます。みことばは根本的な問題を明らかにし、私たちが障害物を取り除けたり、避けたりする等の、最善の対応をすることが可能となります。みことばのともしびは各人の足元を照らすのです。(他の人ではなく)先ず自分自身の足元に関心が向けられるのです。みことばを個人的にとらえ適用するということです。どう進めばよいかわからなくなる時、みことばの光が次のステップを示してくださいます。

III. 聖書は保護を与える(箴言6:23)
みことばによる命令・教え・訓戒のための叱責は、私たちを罪の誘惑から守ります。この箴言の一節は、不道徳な女性から身を守ることについて教えられている文脈の中にあります。クリスチャンでありながら、なお罪の性質があり、罪の誘惑が存在する現実の中で、私たちはみことばの権威の下に自らを置く必要があるのです。そのようにすることで、私たちは信仰生活における、暴走・逸脱・失敗から守られるのです。(聖霊の働きと共に)神様のみことばは、私たちに危険に近づかないよう、触れないようにと警告を与え続けます。みことばが、ブレーキとなり防護壁となり規制線となることは祝福です。(詩篇119:11)

まとめ: 聖書のみことばは、わたしが歩むべき道を明確にする
イエス様降誕の際に、羊飼いや東方の博士たちが受け取ったような“光のメッセージ”は私たちには与えられてはいませんが、それよりも素晴らしいみことばの光を私たちは日々いただくことができます。イエス様が再度おいでなられるまで、ともしびであるみことばに目をとどめておかなければなりません。(IIペテロ1:19)
みことばは、何が正しく、何がまことであるのかを明確にします。私たちの歩みにおいて、何を選び何を受け入れるべきかがわかるということです。みことばは真実を示し、選ぶべき道を示し、警告を与えるのです。問題は、私たちがそれを選ぶかどうかです。みことばが示すところを素直に受け入れ応答するならば、その効果と祝福は私たちのものとなります。神様の光のメッセージに対して正しく応答しましょう。(詩篇19:8; ヨハネ 8:12)

 

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