御霊に支配され、導かれることによってクリスチャンは良いものを生み出すことができます。御霊の実が9つリストされていますが、最初は愛です。今回は愛が一番すぐれたものであることについて学びたいと思います。(ガラテヤ5:22)
I. 愛の実践は一番重要な命令である (マルコ12:30-31)→ある律法学者がイエス様に“どの命令が一番大切か”を尋ねました。イエス様は(人のすべてを尽くして)神様を愛すること、そして(自分のように)隣人を愛することであるとお答えになりました。
この命令は他の命令の要約でもあります。愛は御霊の実の一つではありますが、他の実(或いは徳)の土台でもあり源となるものでもあると言うことができます。
ですから、この命令の実行は、結果的に律法の成就につながると言うことができます。(申命記6:5; 10:12; 30:6; レビ19:18; マタイ7:12; 22:37-40; ローマ13:8-10; ガラテヤ5:14)
II. 愛の実践はすべてに勝る (Iコリント13)→教会に加えられるクリスチャンそれぞれには何らかの賜物が神様から与えられています。各自の賜物が正しく“運用”される時に、クリスチャンが互いに仕え合い、共に主に仕え、主の教会を建て上げ、主に栄光を帰するという、素晴らしい神様の御目的が果たされていきます。各賜物は愛によって“運用”される時に正しいもの、適切なもの、神様に喜ばれるものとなります。
単なる“賜物の暴走・振り回し”は、他のクリスチャンに不快感を与え、教会形成を妨げます。愛が欠落していると、益とならないばかりか、教会を破壊することにもつながります。
また、大きな篤い信仰があったとしても、或いは兄弟姉妹から、そして社会から称賛されるような自己犠牲を示したとしても、愛が欠けているならば、主が配置してくださっている場所で主のために効果的にお役に立つことはできません。(Iコリント13:13)
まとめ:御霊の実である愛の卓越性を認識せよ→御霊の実である愛は、神様の御目に重要であり他の実を生みだすカギとなるものです。このことを認識し、キリスト様につながり、御霊の導きに委ねて、愛の実践をするクリスチャンであらせていただきましょう。