7月14日 恐れなくていい

知識や経験は役に立つものであり必要なものですが、一方で恐れる原因を作ってしまうこともあります。現状を見て、次に何が起こるか、結果的にどうなるかを想像し、不安や心配を誘発します。とかく人は悪い方向に考えやすいですから、想定の中でも恐れることを始めてしまうのです。逆に知識や経験がないことで、恐れることもあります。自分の中での常識や想定の外で起こることがらに冷静に対応することができず怖くなってしまうのです。いずれにしても人は恐れる生き物です。イエス様を信じているクリスチャンでも恐れます。しかし、イエス様は恐れることはないと仰います。今回の箇所から、人が恐れる理由と、恐れなくていい理由を学びたいと思います。(ヨハネの福音書6章16~21節)

今回の奇蹟は、この福音書における五つ目奇蹟で、自然法則をコントロールされる御子イエス様の神性を示しています。「五千人の給食」の後、イエス様はお祈りのために山へ、弟子たちは舟に乗ってカペナウムに向かうことになりました。日が暮れて、ガリラヤ湖特有の強風が吹き始めました。湖の真ん中で、向かい風、そして強風に苦しんでいる弟子たちのところにイエス様は近づいて来られました。湖の上を歩くイエス様を、初め彼らは認識することができず、恐れました。イエス様の「わたしだ。恐れることはない」のことばに安心し、彼らはイエス様を喜んで舟に迎え入れました。

I. 恐れる理由
逃げ場がない:弟子たちは湖の真ん中にいました。身動きがとれる状態にはありません。対応の手段は限られています。私たちも目の前に起こった出来事に自分がどうしても対応しないといけない場合があります。しかしどのようにすればいいか分からないこともあります。

先が見えない:弟子たちが舟に乗り込んでしばらくして日が暮れ、辺りは真っ暗になりました。湖の上で先が見通せない状況です。進んでいる方向もわからず、危険がせまっていても認識するのが困難です。私たちが置かれた状況で対応しようとしても、正しい事をしているかどうかわからない、計画ができない、希望が持てないことがあります。

信仰がない:この時、イエス様は弟子たちと舟に乗っておられませんでした。彼らはイエス様に頼ることができず、自分たちのちからによって何とかしなければならないと思っていたでしょう。私たちも(クリスチャンであっても)、イエス様の存在を見失ってしまうならば、イエス様に頼ることができなくなります。あてにならない自分の知恵やちからを信じて対応することになります。

揺さぶられる:舟に乗っている弟子たちには、すでに記した三つの状況に加えて強風がやってきました。言うまでもなく、状況は悪くなる一方です。私たちもマイナス要因の重なりによって事態が悪化し、迅速に対応しなければならない中で、心が乱されてしまうことがあります。

これらの状況の中で、イエス様は湖の上を歩いて登場されました。イエス様であることがわからなかった弟子たちは、イエス様を「幽霊」だと思い恐れました。恐れると正しい判断を誤ってしまいます。また恐れるとイエス様の存在を締め出してしまします。そして恐れは増幅されていくものです。

II. 恐れなくていい理由
イエス様は変わることがない:あなたの目の前の状況は目まぐるしく変化するかもしれません。或いは、あなたの置かれた状況は今までに経験したことのないものかもしれません。しかし、イエス様は変わりません。変わったのはあなたの、イエス様についての見方・考え方です。状況によってあなたの考えるイエス様は、大きくもなり小さくもなるのです。自然をコントロールされるイエス様は、あなたの状況さえもコントロールすることができるお方です。変わることなくあなたを愛しておられるイエス様は、良い意図と目的をもってあなたをその場に置いておられるのです。

イエス様は常に共におられる:弟子たちはイエス様を確認し安心しました。あなたは、今イエス様を肉眼で見ることはできませんが、聖書のことば(約束)によってその存在を知ることができます。イエス様は遍在のちからによって一度にあらゆる所に存在することができ、また御霊なる神様においてあなたと一緒におられます。イエス様があなたを見捨てることは決してないのです。

イエス様が「恐れるな」と命令されている:弟子たちに対するイエス様の「恐れることはない」は命令形です。そうであれば従うことです。恐れてしまったことを悔い改め、イエス様を信じて見上げ、勇気をもって進むことができるよう祈ることです。臆病な自分を認めて、イエス様に頼って、委ねて、自分の務めを果たすことです。(イザヤ41:9-10; 詩篇56:11)

まとめ: 恐れは不信仰者によって生み出され、平安は信仰者に与えられる
今回の箇所ではいくつかのことを対照的に学ぶことができます。超自然のちからによって湖の上を歩かれるイエス様と近づくイエス様を見て恐れる自然の人。霊的現実を見ることと、目の前の現実を見ること。見ないで信じるか、見て恐れるか。心の有り様を問題にするか、目の前の状況を問題にするか。

人は逃げ場のない状況に置かれることもあります。しかし、イエス様のもとに飛び込むことができます。先が見えない状況もあります。しかし、光であられるイエス様が導いてくださいます。信仰がぐらついてしまうこともあるでしょう。それならその不信仰を神様の前に悔い改めましょう。様々なことが心を揺るがすこともあるでしょう。そのような時は、まず心が守られることを祈り求めましょう。

恐れるか恐れないかはその人の選択によります。不完全な自分をあてにするのであれば恐れることになるでしょう。神であられるイエス様に頼るのであれば恐れではなく平安を得るでしょう。

 

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