今朝は、爽やかな5月のそよ風が吹き、日曜学校の賛美中にもそよ風が教会を吹き抜けました。今日も目には見えることが出来ない真の神様を、信仰の目を持って見上げ、場所は違っても心を一つにして礼拝できた恵みを心から感謝します。
オンライン礼拝となって、7回目の聖日でしたが、オンライン日曜学校から礼拝、また午後のオンライン日曜学校レッスン(ジュニアクラス)まで、一つ一つを主が護り導いて下さいました。
礼拝時は、ライブ配信の礼拝の為、兄姉のお顔が見えませんが、礼拝の前後にはZoomを通して皆さんと画面上でお会いできるので、その時間も楽しみにしております。キリストのからだである私たちの教会の愛する兄姉が、どれだけ自分にとって大きく、また大切な存在であるかということを、このコロナウイルスの事を通して教えられ感謝です。
次週5/31の聖日より、教会において兄姉が集まった形での礼拝が再開される予定です。コロナウイルスは完全には収束していませんが、神様が私たちの祈りに応えて下さり、また共に集まれる事を心から感謝しつつ、次週の兄姉との再会を心より期待しています。
本日は、日曜学校(キッズクラス)において私自身が学んだ部分をシェアさせていただきたいと思います。
キッズクラス(小学低学年)はⅡコリント12:7~9より「祈りの応え」というテーマで御言葉を学びました。パウロは、主の福音宣教のために人生を捧げ、主の働きに大きく用いられた素晴らしい選びの器でした。しかし、そんな彼にも苦しみや悲しみがいつも付きまとい、福音宣教の働きにも支障が出る状況があったのでした。その原因は、彼に与えられた肉体の刺(病)でした(7節)。
でも、彼は「自分が神様の前に自分が高慢にならないために与えられたものだ」と言うのです。決して「こんなに神様に従っているのに?!なぜ?!」と神様に文句を言うことをしなかったのです。しかし、主に信頼し、お委ねしつつも、パウロは「これ(病)を私から取り去らせてくださるように」と祈りました。しかも、3度もです(8節)。祈りと祈りの間には長い時間があったのかもしれません。聞かれない祈りに対して、「あきらめない祈りの姿勢」の大切さを、改めて学びました。
そして、そのパウロの祈りに対する神様の応えとは「NO」でした。神様は私たちにとっての最善をご存知です。主は私たちの最善を知っておられるゆえに、私たちの祈りや願いに対して「NO」と言われることもあるのですね。しかし、この時もパウロは「なぜ?!私は神様の為に一生懸命働いてきたのに?」と神様に対して言うことはなかったのです。パウロは、神様の応えを素直に受け取り、「NO」という祈りの応えにも感謝したのです(9節)。そして、神様の力がパウロをおおうために、喜んで弱さ=刺を誇ろう!とさえ思うことができたのです。
改めて大切な祈りの姿勢について、また神様からの祈りの応えに対する反応について、そして神様に対する心からの信頼と服従の姿勢について学び、教えられました。
『私は弱くても、私の神様は強い!!!』このことを日々忘れずに歩むことができますように。