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人の回心(まことの神様に立ち返ること)には、悔い改めと信仰が含まれます。悔改めとは、罪に関連して、神様の前において自分の心を変えることです。それには、救われることの願いと自身の罪の放棄が含まれます。今回は、なぜ悔い改めは重要であるのか学びたいと思います。
I. 悔改めは神様からの継続的メッセージ
神様は、預言者たち(II列王17:13; エゼキエル18:30)、バプテスマのヨハネ(マルコ1:15)、イエス様ご自身(マタイ4:17; ルカ13:3,5)、そして使徒たち(マルコ6:12; 使徒2:38; 3:19; 20:21; 26:20)をとおして悔い改めるようにと呼びかけてこられました。
II. 悔改めはすべての人が必要
神様は罪深い人間に対して、一定期間さばくことを保留されてきましたが、今はどこの誰であっても悔い改めるようにと命令されているのです。(使徒17:30)現代を生きる私たちをも含めて、悔い改めのメッセージはあらゆる人に伝えられ、また私たちをとおしてすべての人に伝えられるようにと神様は願っておられるのです。(ルカ24:47-48)
III. 悔改めは神様の御心
神様は人がどんなに罪深く、神様に背を向けていても、ひとたび神様に立ち返り悔い改めるならば、大きな喜びをもって迎え入れてくださいます。罪人を無条件に愛する神様は、人が救われることに大きな関心を寄せておられるからです。(ルカ15:7,10,32)
IV. 悔改めは信仰者の基礎
人はこの世界で何をしたとしても、(救いという点において)神様が価値をお認めになることはありません。それらの人の行いは、どのようにしても救いに到達しないのです。悔い改めて、神様との関係が正常になると、心(内面)が新しくされ、神様が評価してくださる歩みが可能となります。それゆえ悔い改めはクリスチャンとして生きるための大事な基礎なのです。
まとめ:罪人は自身の罪を認め悔い改めて救われる
罪を持っている人間が、まことの神様との関係において心を変えることは簡単なことではありません。先ず、ほとんどの人は心を変える必要があることを認識していません。変える必要を覚えるとするなら、それは(神様の前における)自分の罪を認識できているということです。それができたとしても、人は罪を自分で処理することが出来ません。それゆえ神様にすがるしかないのです。罪を捨てる決断をし、神様に自分を明け渡すしかないのです。
神様は人の心の変化を実現させてくださるお方です。自分が神様の前に罪の状態にあることを認識し、“変えられたい”という真心を神様は顧みられるのです。このお方が悔い改めをすべての人に呼びかけられ、一人の人の悔い改めが実現するときに大いに喜ばれます。そして真の悔い改め(そして信じること)を出発点として信仰の歩みが始まっていくのです。