9月22日 霊的視力のある者

“歩きスマホ”は“見えているのに見ていない人”としてその危険が指摘されており、特に目の不自由な方に対しては凶器のような存在となり得ます。視野が通常の20分の1になることや、対象物を認知できるのは1.5mに近づいた時ということを考えると、そのような行為は無責任であり絶対にしてはなりません。

“見ることができる、できない”においての大きな相違は霊的なことにも当てはまります。神様の憐れみと恵みによって、今まで見えていなかったことが見えるようになったクリスチャンは何と幸せでしょう。今回は霊的視力のある者の祝福について学びたいと思います。(ヨハネの福音書7章10~24節)

I. イエス様の正体がわかる(10~13節)
イエス様は“公になること”を避けるかたちで仮庵の祭りに上られました。ユダヤ人たちはイエス様を捕まえようと探していました。そのような中で人々は陰でイエス様がどのようなお方であるかについて話しあっていました。“良い人である”という言う人もいれば、“彼は、嘘つきだ”と言う人もいましたが、後者の考えを持つ人が多くいたようです。いずれにしても、イエス様が神であられ、救い主であられることを知り、信じ、大胆に告白する人はほとんどいなかったようです。

II. イエス様の教えがわかる(14~17節)
イエス様は祭りの中盤になって宮に上って行かれ、教え始められました。御父からの“ゴーサイン”があったのでしょうか。イエス様は(啓示的)教えによってご自分をあらわされましたが、ユダヤ人たちは、その教えに驚きました。(ラビから学ぶ)正式な教育をイエス様は受けておられなかったからです。イエス様は、“この教えはご自分を遣わされた方からのものであり、もし人が神様の御心を行おうとするならこの教えの出所を理解することができる”と言われました。(マルコ1:22; ヨハネ8:26, 40, 46; 12:49-50)

III. イエス様の目的(動機)がわかる(18節)
イエス様がお語りになる目的は、ご自分を遣わした方がほめたたえられることです。そのようにされるイエス様は真実であられ、そこに不正は存在しません。(へブル10:7)

IV. イエス様の正しさがわかる(19~23節)
人々は律法を守らず(守ることができず)、またイエス様に対して(無知なため)反抗し、反対します。イエス様が前に、38年間病であった方を癒された場面(5章)でも、それが安息日であったことや、イエス様がご自分を神と同等とされたことにより、敵対心を強めました。しかし、イエス様の律法の理解、そして取扱いは完全に正しいものでした。安息日に体の一部の儀式的きよめ(割礼)がゆるされるのであれば、体全体の癒しはなおさらゆるされるべきものであることをお語りになりました。

V. イエス様に対する正しい応答がわかる(24節)
イエス様について正しい理解をもつならば、イエス様に対して正しい応答をすることが出来るようになります。イエス様を神と認め、救い主として信じ受け入れ、その権威を認めて従うことが出来ます。

まとめ:霊的視力を与えられ 真実を知らされ 受け入れることができた恵みを感謝せよ
私たちはかつて 自分の現実を知りませんでした。神様との関係がどのようなもので、どれほど危険な状態にあるのかも気が付きませんでした。しかし、神様の恵みによって、真実を悟らせていただきました。本当に感謝です。霊的視力を与えられたのですから、常にみことばの真実にしっかりと根をおろし、堅実な歩みをさせていただきましょう。その願いと決意をもって進みましょう。

 

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