聖書の神は人を造られた:神のかたちとして

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明治政府が明治7年に公立学校に配布した教科書には、驚くべきことが書かれていたそうです。小学校の国語の教科書には、「この世界は創造主なる神によって造られた」と。世界史の教科書には、「西洋が伝えるところにと、紀元前およそ4000年前に、メソポタミアのユーフラテス川の湖畔で、アダムとイブという最初の男女2人が出現した」という趣旨のことが書かれていたと。しかし、(この事態を激しく怒った)ある無神論者によってまもなく進化論が日本の教育現場に導入されます。これは進化論が間違いのない真理であると確認されたからではなく、聖書の教えを阻止したかったからです。
人はどこから来たのか、ということは人にとって非常に重要な問いかけです。クリスチャンは人が神様によって造られたことを知り信じています。今回は神様が、人を神のかたちに似た存在としてお造りになったことを学びたいと思います。

神様が人をご自分のかたちに似せて造った目的は、造られた人が神様を知るためです。このことは他の生物との大きな違いです。神と似た存在とは、肉体的な類似を意味しません。なぜなら神様は霊の存在であるからです。(ヨハネ4:24) しかし、最初の人が完全な健康体で造られたことを考えると、それは神様のいのちを反映していると言えます。人が神と似た存在として造られたのは、非物質的な部分(魂・霊)においてです。

I. 精神的に似ている存在として
人は理性を持ち、意志を持った存在として論理的に考え、選択することができるように造られました。それは神様の知性と自由を映し出すものです。機械を発明したり、本を書いたり、絵を描いたり、音楽を楽しんだりすることは、人間が神のかたちに似せて造られた事実を宣言していると言えるのです。
エデンの園に置かれた最初の人は知的な機能をもっていました。すべての生き物を支配し(創世記1:26-27)、土を耕し、管理をしました。(創世記2:15; 詩篇8:5-6) また地上のすべての生き物に名前を付けました。(創世記2:19-20) それはこの時すでに言語の存在とその知識があったことを示し、動物学の知識をもっていたことを示しています。

II. 道徳的に似ている存在として
人は義と聖において完全に造られました。それは神様の完全さを反映しています。(創世記1:31) まもなく人は罪によって堕落しますが、その後も、不完全ながら人は良心をもって行動します。それゆえ多くの場合において善を称賛し、悪を責める傾向にあるのです。エペソ4:24に書かれていることは、イエス様を信じてクリスチャンとなった人に起こることですが、これが事実であるならば、神様によって創造された初めの人において現実であったはずです。(伝道者の書7:29)

III. 社会的に似ている存在として
人は常に交流を求めるものです。神様は人と交わることを喜びとされました。(創世記3:8) そして人も本来神と交わることを求め、また他の人との交わりを求める存在なのです。そのように造られた最初の人(男性)のために女性が造られたことは必然的なことであったのです。(創世記2:18)罪によって損なわれた社会においては、人が集まり交流することはしばしば問題が起きる原因ともなります。

最初の人アダムは神のかたちに似せて造られました。アダムには自由に選択できる能力が与えられていたのです。彼は残念ながら神様に逆らうことを選んでしまいました。その選択により神のかたちを傷つけたのです。そしてその傷を子孫に受け継がせてしまいました。(ローマ5:12) 現在、神のかたちは損なわれていますが、消滅したわけではありません。(創世記9:6; Iコリント11:7; ヤコブ3:9) ただ、人は精神的、道徳的、社会的にこの傷の影響を少なからず受けているのは事実です。

良いニュースは、人が新しく生まれ変わることによって(聖化の過程において)神のかたちが復元され始めることです。(コロサイ3:10; エペソ4:24) イエス様を救い主として信じることによる新生からスタートして生涯を終えるまではその回復のプロセスです。(ローマ8:29; IIコリント3:18) そして究極的回復は、イエス様が、信じるクリスチャンを迎えに来てくださる時に起こります。(ピリピ3:21; Iヨハネ3:2; Iコリント15:49)

まとめ: まことの造り主を信じるクリスチャンは、神に似た者となる約束をいただいている
聖書の神様を創造主として認めることは、このお方の権威を認め謙ることです。それは私たちの生き方を決定づけるものです。私たちは地のちりで造られた者たちですが、尊い神様によって形作られたのですから、その意味において尊い存在なのです。
罪によってこの世界は様々な意味において破壊されてしまいました。しかし、今なお人が神の似姿に造られたことを部分的に確認することができます。それはまことの神を知り信じている者だけができることです。
神様の前に罪を悔い改め、新しく生まれさせられたクリスチャンの歩みは聖化のプロセスにあることを再確認したいと思います。神様のみことばを学び、イエス様の模範に学び、聖霊なる神様の助けと導きによって、救い主イエス様を映し出す者となりましょう。やがて罪によって損なわれた「神のかたち」が究極的に回復される時まで、イエス様に似た者となることの追及を続けていきましょう。

 

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