聖書の神は救いを与えられる⑤:悔改めの意味

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悔改めは、自分の心を変えることであるとすでに学びました。この変化には、①知的、②感情的、③意志的変化が含まれます。今回は知的(理解における)変化について学びましょう。

I. 神についての理解
まず神様をおられることを理解しなければなりません。ある人は“神なんかいない”と言いますが、そう主張するのであれば、回心にも悔い改めにも行きつきません。聖書は絶対的な神の存在を教えています。このお方は創造主であられ、すべての主権者、支配者であられます。神が絶対的な存在なのであれば、このお方には絶対的な義の基準があることになります。それは時代が変わろうが、国が変わろうが不変であるはずです。そして神様はその義の基準に基づいて、裁判をされる権限をもっておられるお方ということになります。まず神様についての正しい理解が必要です。

II. 罪についての理解
絶対的な神様の存在が明確になった途端に、絶対的な善悪の基準が人の前に立ちはだかることになります。神の基準に照らすとき、有罪にならない人間は存在しません。人の社会においては、“人の迷惑になっていなければ”罪はないと考えるかもしれませんが、神様の存在を視野に入れて考える時に事情は変わってきます。聖書が教える罪とは、究極的には神様に対するものです。仮に人には迷惑になっていなくても神様に対して罪を犯している可能性はあるということです。人が絶対的な神様を、信じない、認めない、従わないでいるならば、それは罪であると聖書は言います。そして人は自分の罪に責任を取らなければならないのです。

III. 自分についての理解
すでに見た、神について、罪についての聖書の教えが本当であるならば、人は皆絶望的な存在です。誰一人神様の前に“自分は大丈夫”とは言えません。自分は罪に汚れた存在であり、それを解決するに無力であることを認めざるを得ません。人は皆究極の助け(救い)を必要としているのです。

王の立場にありながら罪を犯したダビデが、詩篇の中で自分の罪について告白しています。(詩篇51:3)彼は自身の(複数の)罪の事実を認めました。彼は十戒の後半(6番目から10番目)のすべてを破ったのです。彼は自分の罪と向き合いました。そして、究極的には、罪は神に対するものであることを告白しています。(51:4)また、自分を有罪とするお方は完全に正しいことの告白をしています。ヒソプは祭司が儀式的汚れをきよめるために血や水を当人に振りかける時に使用するものですが、ダビデは、道徳的汚れからの霊的きよめの熱望をそれに喩えています。

ヨブは、サタンや他の者達が訴えたことについては罪を犯しませんでしたが、神様に対して、不公平だとする僭越な主張をし罪を犯しました。彼は、自身の罪を、ぞっとするほど嫌い、悔いています。(ヨブ42:5-6)

放蕩息子のたとえ話で、弟息子は自身の肉体的物質的困窮から理解のプロセスが始まり、神様について、罪について認識することとなりました。(ルカ15:17-19)本来幸せであった場所から、(彼の考える)自由を求めて飛び出したことが間違っていたと認識したのです。父親の家での生活を蔑んで家出をした彼でしたが、その過ちを認めて立ち返ったのです。神様と父親に対する罪を認識し、“子”という特権に自分は相応しくない者であることを認識したのです。

まとめ:真の悔い改めは真実を受け入れることから始まる
まことの神様がわかるようになることは大事です。そのことによって、自分の原点(出所)が明確になり、善悪の基準が明確になるからです。神様を知ると、自分がいかに的外れな生き方をしてきたかがわかるようになります。同時に、自分が従うべきお方がわかるようになります。どの方向を向いていくべきか、何をすべきかがわかるようになるのです。真実がわかるなら、真実の警告を無視することはできないはずです。謙って危険を避け、祝福の道を選ぶはずです。人は神様がわかると、自分自身の罪深さがわかり、神様のもとに立ち返るのです。それが心を変えることであり、悔い改めの意味です。

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