2月15日 みことばによる勝利

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ヤコブ書4章7節に、神様に従うことと悪魔に立ち向かうことの命令が与えられています。神様に従うためには、先ずまことの神様を知っている必要があります。また悪魔に立ち向かうためには、悪魔の存在を認識している必要があります。世界の人々は、神様に属する者たちと、悪魔に支配されている者たちとの二つに分類されます。しかし、今回考えたいのは、イエス様を信じて救われている人―神様に属する者―であっても、罪の性質を持つ者として悪魔の影響を受ける可能性があるということです。教会内にも、世を愛し、世の中の考え方で生活している人が存在する可能性があるということです。そしてそのようなクリスチャンは、神様に従うことができていないということです。
ルカの福音書の4章には、罪のない方としてお生まれになったイエス様の受けられた誘惑の経験が記されています。(現在はルカ伝から継続して学んでいますので、マタイ伝の記事ではなく、ルカ伝の記事から学びます。)肉体をお取りになったイエス様は人間の代表として、また模範として、御霊に依存され、従われました。罪の性質がないイエス様がそうされたのですから、罪の性質がある私たちが、御霊に導かれることは必須となります。イエス様は荒野という寂しい状況の中で、孤独で、そして空腹を経験されました。それは人間として罪を犯しやすい状況にあったということです。
一つ目の“石をパンにするように”との誘惑は、自己主張をし、神様に要求し、神のちからに訴えるというものでした。イエス様は何よりも神様のことばが最優先であることを宣言なさいました。悪魔は状況が良くても悪くても、神様(のお心)を無視するように仕向けてくるものです。二つ目の誘惑は“神でないものに頼るように”との誘惑でした。この誘惑の中で、悪魔は部分的な真実と偽りを混ぜてイエス様に迫りました。イエス様は礼拝・仕える対象は神様のみであることを宣言なさいました。そしてこのことが人の生きる目的であること、また神様を第一にしない人は役に立たない存在であることを示されました。三つ目の誘惑は“宗教的野心”への扇動でした。悪魔は神のことばを誤って引用しました。神様は自分勝手な動きをする人間に対する、守りの保障をしてはおられません。人間は神様を試すようなことは決してするべきでなく、神様をおそれ、従うべきなのです。
イエス様はこれらの誘惑に対して勝利されました。それは、イエス様には罪がないためであり、神様(御霊)への依存と導きに委ねられたためであり、常にみことば(神のことば)を前面に押し出されたためです。悪魔は撤退せざるを得ませんでした。しかし、この後約2000年間にわたり、なお悪魔は活動し、人間に影響を及ぼしています。そしてクリスチャンに対しても働いているのが現実です。
エペソ書2章1-3節には罪の中にある人(救われていない人)の状態が記されています。それはわざわいを経験しても致し方ない者の姿です。しかし、イエス様を信じ救われ変えられたクリスチャン―主にある者―はイエス様からのちからによって強くあることができるのです。(エペソ6:10-18)悪魔の攻撃に対してはみことばにより、またみことばの原則によって武装することができます。あなたは神様に頼っていますか。悪魔の働きの現実の中で目を覚ましていますか。そして勝利していますか。

 

 

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