2月も終わりに差し掛かり、少し暖かさも出てきました。
礼拝メッセージでは、救いの確かさについて教えていただきました。イエス様の血によって神様の前に正しいと認められた私たちは、イエス様によって神様からの怒りから救われることは確かなことであるということを教えていただきました。造り主である神様を無視して、自分勝手に生き、神様に敵対し、神様からの怒り、罰を受けて当然の中にあって、私たちが神様に救いを求めようともしない中で神様の方から救の道を用意してくださいました。
自分が同じ立場にあったなら、自分に害を与えてくる相手に対して、怒りをもってやり返そうという思いはあっても、自分の方から相手に対して和解の方法を用意することなどできません。
事故でいうところの人の側が100%悪く、神様の側は完全な被害者でありながら、このような不公平極まりない中にあっても、一方的に愛を示してくださり、救いの道を用意してくださいました。
その素晴らしい救いをいただいた者として、日曜学校でも八福の教えについて学びましたが「平和をつくる者は幸いです。」とイエス様がおっしゃられたように、神様と人が平和な関係になれるよう、イエス様に似た者へと自分自身が変えられることによってイエス様のことを証しする者でありたいです。
イエス様の救いによって神様のことを喜ぶことができるようになりましたが、目の前の悪い出来事にすぐに目がいってしまい、神様を、救いを喜ぶことを忘れてしまうことがしばしばあります。改めて、神様が与えてくださった救いは確かなものであることを覚え、そのことを心から喜んで、日々の生活を送る者でありたいです。
恵みの回顧


