10月28日 杯を飲まれた主

今週はマルコの福音書14:43-52から「杯」を受け入れられた主について考えました。イエス様のゲッセマネにおける祈りは最終的には父なる神様のお考えに委ねるものとなりました。(マルコ14:32-42) イエス様は「杯」を飲むことを決断し進んでいかれたのです。その苦い杯はどのようなものを含んでいたのでしょう。イエス様はどのような取り扱いをお受けになったのでしょう。

 

①イエス様は裏切られました。

まもなくイエス様の12人の弟子の一人であったユダを先頭に、剣や棒を持った群衆があらわれました。イエス様に最も近い存在であったユダがイエス様を売り渡すために近づいてくるとは何という恐ろしい光景でしょうか。ユダは「誰がイエスであるか」のサインのために「キスをする」という打ち合わせをしていました。ユダはキスという愛情表現を使って神の御子であられるお方を敵に引き渡す行動に及んだのです。ユダがこれまでイエス様に従っていたのはそうすることが「自分の得になる」と考えていたからのようです。しかし物事が自分の思い通りにならないことがわかった時、イエス様への「信頼」は消滅しました。そしてただ自分の利益のために行動することになりました。人間関係における裏切りはお互いの期待が前提となります。神様が人間をお造りになったとき、そこには人間に対する神様の期待(ご自分のお考えに従って行動するという)がありました。しかしまもなく、人間は神様の期待を裏切ることになりました。それ以来人間の歴史は神様を裏切り続けるものとなっています。そんな私やあなたのためにイエス様は十字架で死なれたのです。

 

②イエス様は捕まえられました。

ユダの作戦は成功しました。人々は簡単にイエス様を逮捕することができました。罪のないお方が犯罪者のように扱われたのです。イエス様は逃げることは簡単にお出来になりましたがそれをあえてなさいませんでした。そもそもこの時、この場所で捕えられ、苦しみを受け、十字架刑をお受けになることは神様のご計画であったからです。目の前では人間の策略が思いのままに進行していくように見えます。しかし神様は人間の策略の上にコントロールしておられ、ご自分の「ことばが実現する」ために動いておられたのです。神様のご計画、それは罪のないお方(イエス様)が有罪とされることによって、罪人の私やあなたが救われる方法を手にすることでした。

 

③イエス様は棄てられました。

イエス様が捕まえられた時、一時は剣を抜いて勇ましく戦おうとしたペテロを含め、弟子たち全員がイエス様を見捨てて逃げていきました。“死んでも裏切らない”と断言していた弟子たちの姿はそこにはありませんでした。イエス様は身近な弟子たちに棄てられるという苦しみを経験なさいました。そして私達の罪を背負うことによって(一時的に)父なる神様に棄てられてくださったのです。「都合が悪くなると見棄てる」ということは世の中でしばしば起こることです。神様は私やあなたのライフラインであられます。そのお方に背を向けてしまった人間は幸せを経験できなくなってしまいました。そんな不幸な私やあなたのためにイエス様は死なれたのです。

 

私達はイエス様の受けられた苦しみを充分に理解することはできません。しかしイエス様の通られた苦しみの道を注意深く観察し、考え、黙想する努力は必要です。そして私達のために苦い杯を飲み干してくださったイエス様に感謝し歩んでいきましょう。イエス様は私やあなたの救いのため、いつまでも続く幸せのためにそれを実行してくださったのですから。

 

 

10/28(きのこ汁風丼)

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