11月26日 律法の行い

試験で満点を取ることは容易ではありません。もし満点でなければ合格できないということになると、あらゆる試験で、ほとんどの人が合格できないという事態になってしまうでしょう。神様の前においてはだれも満点(完全)ではないため、神様に合格点をもらうことは不可能です。しかしイエス様を通しての義認は、完全に落第した者を合格させる驚くべき神様のお取り扱いなのです。前回の箇所(7-9節)で、パウロは義認について肯定的に書いていますが、今回の箇所では(どのように救われるかという)同じテーマを否定的に説明しています。(ガラテヤ3:10-12)

I. 律法を行うことによる救いを求める者は のろいの下にある (10節)→「律法の行ないによる人々」とは、律法を実行することによって救いを得よう、神様に受け入れられようとする人々のことです。そのような人々は、神様からの祝福を得るどころかのろいを招くことになるのです。それはモーセを通して与えられた律法がそのように言っているからです。また誰も完璧には律法を実行できないからです。パウロのように厳格なパリサイ人であってもそれは不可能でした。律法は完璧を要求します。それを与えておられる神様が完全であられるからです。結果的に人は神様によってさばかれる対象となります。人が救われるのは、イエス様を信ずることによってであり、神様の前に義と認められるのは、十字架にかかられたイエス様の義に参加することによってなのです。(参考箇所:申命記27:26; ヤコブ2:10; ヨハネ7:39)

II. 律法を行うことによって救われる者は 一人もいない (11節)→“良い事をしていれば、それなりに道徳的であれば、大丈夫”と考える人は多くいるかもしれません。死後のことは漠然としてはいても、“自分なりにがんばっているから”とさばかれるという想定をしている人は少ないでしょう。しかし、聖書は、人が自らの行いによって神様の前に正しいと認められるようなことは絶対にないと言っています。律法を行うことは神様のもとへ到達する(救われる)方法ではないということです。では、モーセに律法が与えられてから、イエス様がこの世界に肉体をもって来られるまで、律法は人を罪に定めることだけをしてきたのでしょうか。いいえ、律法自体が救いの道を示してきたのです。人がどのように努力しようが神様の標準には到底達しえないということ、罪のある人間は神様によって助けていただかなければ救われないということを教えてきたのです。人が神様のもとへ到達するのは神様を信ずるという方法によってのみです。神様がこの世界に遣わされた救い主イエス様を信ずることによってのみです。(参考箇所:詩篇143:2; ハバクク2:4; ローマ1:17; へブル10:38)

III. 律法を行うことによる救いを求める者は 律法によって生きている (12節)→人は神様が用意してくださった方法を受け入れることによって救われます。それは神様との関係において正しい立場を得るという、神様からの恵み深い贈り物を受け取るということです。律法(を行うこと)は、この立場を得る基準とは関係がないのです。律法は人の側の“すること”に焦点がおかれます。信仰は神様の側の“してくださること”に焦点がおかれます。この二つは相いれないものです。律法を行うことよって、また自分が良いと思う行動によって、究極の幸いを得ようとすることは、ゴールが見えない中で暗闇の中を歩き続けることです。その先にあるのは、祝福ではなく、災いです。(参考箇所:レビ18:5)

まとめ:“がんばりましょう”ではなくて、信じましょう。自信ではなく神信で歩みましょう。 →パウロは律法そのものによって議論を展開し、律法によって生きようとする人、律法を行うことによって救いを得ようとする人は、律法の原則によって縛られることになることを説明しています。①律法は完全に律法を守ることができない者に対してのろい(さばき)を宣告します。②律法自体が、人は(律法を行うことによってではなく)信仰によって義と認められると教えています。③律法を行うことの原則と、信仰による義認の原則を混ぜることはできません。
人の行いは消極的には神様の標準に到達せず、積極的には大きく逸脱しています。そのような自分をあてにして人生を、そして永遠を考えることは賢いことではありません。
神様は不完全な者・罪深い者・救いに関して全く無力な者をあわれんでくださいました。クリスチャンは神様の愛のお取り扱いに対して信ずることで応答したのです。神様の前にへりくだり、悔い改め、信頼し、委ねたのです。努力や行いではなく、信仰によって救われた原点(スタート)を覚えつつ、神様の愛に信仰で応答する生活を送ろうではありませんか。

 

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