5月22日 みことばの虫になれ

テサロニケを去らなければならなくなったパウロとシラスはベレヤに向かい、ここでも先ずユダヤ人の会堂に入ってみことばを語りました。ベレヤの人々の多くはみことばに対して肯定的な反応を示しました。一方で、テサロニケで騒ぎを起こしてパウロたちの活動を妨害したユダヤ人たちが、ベレヤでも騒ぎを起こし、パウロはアテネへ行くことを余儀なくされました。今回はみことばに対する情熱を示したベレヤの人々に焦点をあてたいと思います。(使徒の働き17:10~15)

I. みことばに対する情熱のある者は真に高尚な者 →ベレヤにいたユダヤ人は「テサロニケにいる者たちよりも良い人たち」であったと記されています。「良い人たち」とは気高い、高潔な、高尚な人たちであるという意味で、社会的にそのようであるというよりも、品格・道徳においてそのようであるということでしょう。それは彼らのパウロ達への対応にもあらわれていたと考えられます。彼らの高尚さは、みことばに対して、①善良で心から受け入れるという態度にあらわれていました。ベレヤの人々は心から、快く、情熱をもってパウロ達の語るみことばを聞き受け取りました。彼らには神様のことばに対する正しい姿勢がありました。パウロ達の背後におられる神様を認めてメッセージを受け取っていたのです。
あなたがイエス様を、まことの神、救い主として信じた時には、みことばに対して心を開き、心から受け取り、熱心に聞くという姿勢があったことでしょう。信仰者となった今も、続いて神様を知ることに情熱を注ぎ、みことばを通して神様にお会いする者であらせていただきましょう。(エレミヤ29:13)
ベレヤの人々の高尚さは、②善良で熱心に聖書を調べるという態度にもあらわされていました。彼らは語られたみことばを単に受け取るだけではなく、自ら進んで学ぶ積極さを持っていました。聖書を「調べた」という表現は法的手続きにおける精査を説明することばです。彼らは語られたみことばを注意深く学習・評価・判断したのです。(旧約)聖書の標準によってパウロ達のメッセージをテストした(見極めた)ということです。みことばを調べ、学ぶ時には、聖霊なる神様が働かれ、“これは真実である”という確信へと導かれます。そしてみことば(のちから)により、人は内面における変化―救い(そして信仰の成長)へと導かれます。ベレヤの人々は、みことばを聞いて納得したのみならず、自身の学びによって真実を確かなものとしてつかんだのです。
彼らの時代は、今私たちが経験しているような“聖書が氾濫している”という状況ではなかったでしょう。聖書が何冊もあり、学びの助けとなる書物があったわけでもなかったと思います。そのような中での彼らのみことばに対する熱心さがあなたにはありますか。義務感や自己満足のためではなく、神様のみことばが真実であることを確認し確信するために、もっと時間と労力を用いるべきではないでしょうか。

II. みことばに対する情熱のある者は真に信仰のある者 →ベレヤの人々はみことばを受け取り、自ら学んだ結果としてイエス様に対する信仰へと導かれました。(ローマ10:17)ベレヤのみことばに対する姿勢は、信仰生活において継続されるべきプロセスです。みことばを聞き、自ら学び、信ずることの繰り返しにより、(学んだ)みことばが生活にあらわされていきます。学んだことを実践する、聞いたことを実行する、知るのみでなく、知っていることを行動にうつすということです。
あなたが愛についてのメッセージを聞いたとしましょう。あなたがさらに自分で愛について学びます。聖書の中に登場する愛について調べ、あなたが信ずる神様の愛(その深さ・素晴らしさ等)について、また神様があなたに求めておられる愛について調べ学びます。そして、あなたがクリスチャンとして、夫/妻として、親/子供として、従業員、社会人としてどのように振舞うことが愛することになるかを考え、黙想し、神様の教えと導きを求めます。周囲の人々に愛の実践ができるように祈り、聖霊なる神様の助けを得ます。結果としてイエス様に似た者へと(一歩ずつ)変えられていきます。このことによってイエス様が喜ばれ、イエス様がほめたたえられることになります。これが豊かなみことばの学びの目的であり祝福です。

まとめ:みことばに対する情熱のある者は、イエス様に似た者となることを求める者である →世の中の人々のほとんどは聖書のみことばにそっぽを向いている状況ですが、クリスチャンはどうなのでしょうか。ベレヤの人々のみことばに対する情熱を個人においても教会においても見ることができるでしょうか。みことばの効果が充分にあらわれていないとしたら、あなたのみことばに対する姿勢に問題があると言わなければなりません。クリスチャンであるあなたは、イエス様の尊い血によって買い取られた存在です。あなたの歩みの究極的な目的は、あなたの歩みを通してイエス様がほめられることです。そのためにはあなたがイエス様に似た者として変えられていく必要があります。そしてそのためには充分なみことばが必要なのです。パウロのことば(IIテモテ3:16)が自身の証しになるよう、本当にみことばが「有益」であることを体験できるよう、みことばに情熱を注ぎませんか。

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