8月25日 いのちのパンを食べる

私たちは日頃、牛・豚・鶏、そして魚などの生物を食べます。そのためには(言うまでもなく)それらの生物が死んでいることが前提です。私たちが食べるまでの過程において、捕まえられ、或いは飼育され殺されるのです。
今回の箇所では“イエス様の肉を食べる”という表現が何度も登場します。これを霊的に理解する時に、“食べる”ことを可能にするために、イエス様は死んでくださったということになります。私たちの幸せは、イエス様の死・犠牲の上に成り立っていることを思い起こさせます。今回の箇所から、いのちのパンであられるお方を“食べる”ことについて学びたいと思います。(ヨハネの福音書6章52~59節)

I. それはイエス様にあっていのちを得ることである(52~54節)
①そのいのちは、人としてふさわしく生きるための霊的いのちです。
②そのいのちは、イエス様と共に生きるための永遠のいのちです。これにはよみがえることがセットになっています。

II. それはイエス様との交わりである(55~56節)
①その交わりは、本当の「食事」を伴っています。
②その交わりは、イエス様と正常な関係にあることを意味します。
(参考箇所:ヨハネ8:31; 15:4, 10; Iヨハネ2:24)

III. それはイエス様にあって活かされることである(57~58節)
①それは霊的に活動することです。
②それは永遠に活動することです。

まとめ:いのちのパンを食べることは、イエス様との永遠のいのちのつながりを可能とする
いのちがあることと、いのちがあるゆえに活動していることは大きな違いです。イエス様を個人的な救い主として信じた人には霊的いのちが与えられています。立場としては、神様の前に霊的に生きる人とされており、霊的に神様とつながっています。しかし、そのいのちが活動することは別のことです。霊的に生きる人とされたのであれば、それが表わされなければなりません。霊的に生きる人として、その現実が生活において表現され、働きとしてあらわされ、実を結ぶことが必要です。イエス様をいただいた私たちは、霊の糧であるイエス様のみことばを豊かにいただき、イエス様にあるいのちの輝きを示す人となろうではありませんか。

 

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