8月26日 御霊の実:節制/自制

節制/自制(self-control)とは、自分の感情や欲望を抑えることであると(一般的には)説明できます。また英語のtemperateには“節度のある、度を越さない、控えめな”などの意味があります。社会生活においても節制/自制は必要となるものです。食べること、眠ることなどは、生きるために欠くことのできない欲求ですが、これら以外のことがらを思いのままに求めていく時、また欲求が必要を超える時、欲望となっていきます。今回は、節制/自制について学び、9つある御霊の実を締めくくりたいと思います。

I. 節制/自制の命令/勧め
イエス様を信じ救われたクリスチャンには、なお罪との戦いがあります。様々な場面において“自分を抑える”ことにより罪に対して勝利することができます。罪に勝利することにより、神様が喜ばれ栄光が主に帰せられます。主を愛するクリスチャンは罪に対する勝利にこだわり節制/自制を重要視するのです。(Iコリント9:25)
節制/自制は教会のリーダーや年配者、霊的先輩者に求められています。(テトス1:7-8; 2:2)
またこの実を結ぶためには、私たちの側の姿勢・努力も求められます。(IIペテロ1:5-7; Iコリント9:27)

II. 節制/自制の実践
飲食は度を過ぎると問題が起きます。私たちは神様から与えられているからだを健康に保つ責任という観点から、節制/自制をすることが必要です。箴言においては、正しい判断をすることや人との正しい距離間について、飲食のことがたとえとして用いられているようです。(箴言23:1-2; 25:16)
性的なことについては、神様が定めた結婚関係の中において取り扱われるのであれば、何の問題もなく祝福ですが、その関係の外において行われるものは、自身を破壊し、人間(家族)関係を破壊し、神様との関係を破壊します。(ローマ6:12)
怒りに関して、また発することばに関しても、それらが適切にコントロールされていることにより多くの問題を生みだす原因を摘み取ることができます。(箴言16:32; 25:28; ヤコブ3:2; 詩篇34:13; 39:1)

まとめ:節制/自制の実は、自身の気持ちや欲望ではなく、神様のお喜びになることを選ぶ者によって生み出される
節制/自制のない者の登場は、世の終わりの一つのサインであると言われています。(IIテモテ3:3)世の中には、自身の理性によって節制/自制を保とう、或いは保つことができると考える人もいるでしょう。しかし人間自身の頑張りには限界があります。まことの神様を知り、神様の愛を知り、神様からの救いを受け取り、神様への感謝と賛美と愛の応答の中でこの御霊の実を選ぶことが促され、実現するのです。他の御霊の実と同じように、私たちには、神様のお働きと助けを切に祈り求めつつ、神様が備えてくださる正しい選択をし、(罪からの)勝利を経験したいという願いと姿勢が求められているのです。

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