9月6日 教会NEWS

☆今日の出来事☆
9月に入り、今年も残すところ3分の1を切りました。
このところ晴れの日が少なく、今日もまとまった雨降りの一日となりました。各地で豪雨による被害が出ているようですが、この地域が今のところ護られています。
今日も兄姉支えられて礼拝出席でき感謝です。一方、高齢のO兄姉夫妻はお休みが続いています。O兄は今日から礼拝出席したい思いでいましたが、体調が優れず出席できませんでした。礼拝に行きたいとの願いが、近い日に実現しますように。また、先週2名の姉妹が訪問したO姉はずいぶん弱っておられます。神様の御意の時まで支えられ、穏やかに過ごすことができますように。
2週間にわたって関東へインターンシップに行っていたK兄は、無事に帰ることができました。色々な経験をして充実した日々を過ごす事ができたようで感謝です。今後の進路について神様からの導きが明確に与えられますように。
昨日は高田地区にて、「Saturday Bible Kids」が初めて開催されました。外からは二人の子供とそのママが集ってくださいました。最初に賛美歌を歌い、バイブル・サイエンスでは「どうしてうみはあおいの?」を聖書の視点から学びました。その後皆でくるくるウィンナーパンを作り、焼いている間に「えいごでうたおう~♪」で「I have the joy」の歌を覚えました。最後はバイブル・タイムで、「はじめからおられたかみさま」についてお話がありました。集いの後、皆で焼きあがったくるくるウィンナーパンを食べ、お部屋で、外で遊んで解散となりました。この集いを通して、幼い子供たちに、そしてその親たちに福音が伝わることを願います。次回は11月を予定しています。

☆証し☆
今日はY姉により証がなされました。
7月下旬から、8月上旬にかけてデボーションでローマ書を読むことができました。今まで何度もローマ書を読む機会があったにも関わらず、恥ずかしながら、おそらく今まで一度も気付くことなく、また自分自身では深く学び教えられたことがない箇所で、今回のデボーションで初めて気づきまた、教えられた部分がありました。それは、あまりにも衝撃的なレッスンで、感動と同時にショックを受けた箇所でもありました。今日は、その箇所から教えられたことについて証しさせて頂きます。
それは、ローマ書9:1~3の部分です。「私は、キリストにあって真実を言い、偽りを言いません。次のことは、私の良心も、聖霊によってあかししています。私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。もし、できることなら、私の同胞、肉による同国人のために、この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです。」パウロは、自分の同胞であるユダヤ人の救いを心から願い、また祈って働きました。彼らは、神様から与えられた約束のメシヤであるイエス様を拒絶し、十字架につけ、復活の主も受け入れず、弟子たちやパウロたちの生きた証しも拒絶しました。しかし、神様の愛はなおも彼らに注がれていることをパウロは信じ、イエス様を証しし続けていました。それは、恵みによって救われた多くのクリスチャンも同じように信じ、願っている思いと共通することだと思います。しかし、パウロがここで言っていて、私が衝撃を受けたのは、「ユダヤ人達が救われるためならば、自分が救い主イエス様から引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたい」という思いです。私たちは罪を赦され、救われて、永遠にわたる希望と平安を頂いています。それは、本当に恵みであり、喜びです。しかし、その救いを他の誰かが救われるために、放棄したいと私は今まで一度も考えたことがなかったのです。正直、自分の救いが保障されているのと同じように、他の人々も救われて欲しいという思いでした。もちろん、神様はパウロや私達にも、他の人が救われるために、あなたの救いを放棄しなさい…などと言われてはいません。しかし、それほどの祈りと願いをもって、他の人の救いを祈り願ったことがあったか…ということを、神様から問われた気がしました。イエス様こそ、神の御姿を捨て、罪ある地上に下り、しもべとなってこの世において仕え、罪人のために命まで捨てて、父なる神様から引き離され、のろわれたものとなって十字架にかかって下さったお方です。パウロは、他の箇所で「私にならうものになって下さい」という表現を使っていますが、パウロ自身、心砕かれ、主イエス様に似る者となりたいと願っていた人だからこそ、このような表現を使う事ができたのだと思います。これらのレッスンから私自身、もう一度、主の前に献身の心を新たにし、主イエス様に似る者と変えて頂き、また人々の救いのために、心を砕き、用いて頂く者となりたいという願いへと導かれ感謝でした。

☆聖餐式☆
会衆讃美のあと、一人一人が主イエス・キリスト様の十字架の死を覚えて感謝の祈りを捧げました。
ショートメッセージでは、「主が弟子たちに与えてくださった礼典の一つである主の晩餐の目的は、主を記念する、主を覚える事です。私たちが聖い生涯を送ることができるように、主は御身体を割いて下さり、血を流し、苦しんで死んで下さいました。主の晩餐に与るとき、口で言わなくても『主の死を示す』ことになります。私たちがどのような状態から救われ、何のために救われたのか顧み、自分自身をわきまえる必要があります。また主が愛しておられる兄姉を顧みることを求められます。御意に適わないとき、主は取り扱ってくださいます。主の愛の御手の中にあることを覚えながら主の晩餐にあずかりましょう」と教えられました。

☆讃美練習☆
来月の特別集会のために選曲した讃美を練習しました。
アレンジを少し加えました。主の栄光のためにそれぞれが良い讃美をお捧げできますように。

☆本日のランチ☆

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