見えないものを見る(IIコリント4:18)

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使徒パウロは(苦しい経験を含めて)日々経験する見える事がら(目の前のこと)以上に、背後にあること、この先にあること、神様のことに自分は目を向けると宣言しています。これは見える部分が、より大事になり、本来大事である事が見落とされる傾向にある私たちにもあてはまることであると思います。

見えないものを見る-そんなことは無理じゃないか:見えないことにはいくつかの理由があります。視力が低下すれば見えるべきものが見えなくなっていきます。一定の視力があっても、モノが遠すぎたり、逆に近すぎると見えません。サイズが大きすぎても見えませんし、逆に小さすぎても見えません。暗すぎると見えませんし、同様に明るすぎても見えません。動きが早ければ目が追いつきません。かたちのないもの(例えば臭い)は見ることができません。かたちはあっても、隠されていれば当然見えません。そして、そもそも存在しないものを見ることはできません。“クリスチャンは存在しない物事を信じている”と思われているかもしれません。しかしそれは存在しない物事をむやみに信じ、空想の世界に生きているということでは決してないのです。

見えないものを見る-見えるものが大事とは限らない:パウロは「見えるものは一時的」であると言っていますが、私たちは見えるものに目を留めてしまいがちです。私たちは見えるものが気になり、見えるものだと理解でき、見えるものが大事なのです。物・お金・立場・待遇、そして目の前で起こっていることは、私たちの関心事です。私たちは日頃から“見る作業”を多くしていますが、流行は廃れ消えていきます。楽しいことも苦しみも、この世界のことはすべて終わりがやってきます。モノは壊れ姿を消していき、永遠には続きません。人間も老いていき体も壊れていきます。聖書は、それは神様に対する罪が原因であると言っています。(自分の体も含めて)見えるものは一時的なものであり、一番大事なものではないことについて考えてみる必要があります。

見えないものを見る-それは信じることによって可能 :聖書は「見えないものは永遠」であり、その見えないものを信仰によって見ることができると言っています。
すでに述べたように、クリスチャンは見えない物事を多く信じています。神の存在や神による天地創造、ノアの時代の大洪水、イエス様の処女降誕、イエス様による数々の奇蹟、そしてイエス様自身の死からの復活などです。それらを信じることができるのは、神様がそれを可能にしてくださったからです。

神の存在や人の起源、人生の目的や本当の幸せ、死の原因や死後のことなど、人が人として生きるために知らなければいけないことがいくつかありますが、人は神様に背を向けたので、これらの大事なことから目を背け、同時にこれらのことを考えること自体が乏しくなりました。罪の性質がそれを助長し、人の生き方(生活)がそれに拍車をかけました。しかし大事なことを放置してしまうなら、取り返しのつかないことになります。神様は人をあわれに思い“見えていない”状況を変える方法を与えられました。その方法とは、神の御子であるイエス様をこの世界に送ることです。イエス様ご自身とイエス様の教えは聖書に書かれ人に与えられました。人はまことの神様がわかり、罪がわかり、救いの方法がわかる方法を得たのです。そしてイエス様とイエス様の教えを信じて受けとるならば、神様に背を向ける罪の生活をやめ、目の前のことにとらわれる生活をやめ、“見えないもの”に目を留めるように変えられていくのです。

先ず目に見えない神を知りましょう。神様を知るためには洞察力が必要です。それは神様(イエス様)を信じることによって与えられます。未だ見ていない将来のこと(死後のこと)を真剣に考え準備しましょう。見えないものを見る(考える)ようになると見えるものが重要ではなくなるでしょう。イエス様を信じる人は、見えるものにではなく、見えないものに信仰によって希望を置くからです。すべてを知り、時と空間を超越しておられる神様を信じて生きることは私たち人間ができる最高の選択です。

まとめ:信じると見えないものが見えてくる
見えないものを見ましょう。見えないものこそ重要です。見えないものを見るために立ち止まって考えましょう。神様を見ることはできませんが存在しておられます。神様はあなたを愛しておられるため、たった一人の息子であるイエス様をこの世界に送られました。イエス様は神様の前に罪のあるあなたに代わって死なれ、復活されました。このお方を自分の救い主と信じるならば、罪が赦されて永遠のいのちをいただくことができます。罪が赦されることも、救われることも、与えられる永遠のいのちも、漠然としていると思うかもしれませんが、信じるなら確かなものであることがわかるようになります。そして信じた人は永遠の希望をもって歩み始めることができるのです。どうか目の前のこと以上に、見えないものに目を留める人になってください。

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