聖書的男らしさ

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世間が“男らしさ”として認識するものは、一昔前であれば“頑強さ”であったようですが、現代においてはそれとは別に“柔軟さ”も含まれてきているようです。今回は、「男の子・男性を主にあって尊び、感謝する」ことに因んで、創世記に登場するヤコブの息子ユダを取り上げ、神様はどのような男性の姿を“男らしい”と見ておられるかを考えたいと思います。(創世記37~44章)

先ず、ユダ(とその兄弟)が、エジプトで総理大臣となったヨセフと再会するまでの経緯を要約したいと思います。
父ヤコブによるヨセフ溺愛により、彼は兄達に憎まれることになります。(37章で彼は17歳)ある時ヨセフは、父ヤコブの羊の群れの世話のために、シェケムに出かけている兄達への使いをたのまれます。兄達はヨセフ殺害を企みます。長男ルベンの提案により一時は穴に投げ込まれますが、四男ユダの提案によって、エジプトに向かうイシュマエル人に売られてしまいます。(37:27)兄達は父ヤコブへ、ヨセフの「失踪」について虚偽の報告し、ヤコブは激しく嘆き悲しみます。
エジプトに売られて約13年後、ヨセフは、総理大臣になっていました。(41:46)ヨセフが解き明かした、ファラオが見た夢の通りに、7年の豊作の後、エジプトと周辺諸国を7年の飢饉が襲います。ヨセフの親兄弟が住んでいたカナンも例外ではなく、彼らも「備蓄計画」をしていたエジプトへ買い出しに来ることになります。この時兄達はヨセフと約20年ぶりに再会することになるのです。当初からヨセフは兄達に気付きますが、彼らは弟が総理大臣になっているなどとは夢にも思いません。ヨセフは兄達に「スパイ」の嫌疑をかけ、次男シメオンを人質に取り、弟ベニヤミンを連れてくるようにと命令します。これは兄達をテストするためでした。このことは、兄達に20年前の出来事を思い出させ、彼らの心を苦しめるものとなりました。(42:21-22)
カナンに戻った兄達は、父に事の次第を説明し、ベニヤミンを連れて行くことを了承するように迫りますが父は応じようとしません。(42:37)しかし、最後にはユダの説得により(43:8-10)、今度はベニヤミンを連れヨセフの前に立ちます。今回ヨセフは自身の「銀の杯」を弟ベニヤミンの袋に入れることで兄達をテストします。(44:2)ユダはこの時、兄弟を代表し先頭に立って、ヨセフに対して父親のため、そしてベニヤミンのために懇願します。(44:18-34)
このユダの姿から、自身の非を認める誠実さを学ぶことができます。

I. 非を認めるユダの誠実さ:神様の前で
ヨセフによって「スパイ」の嫌疑がかけられ、「弟による窃盗」が発覚したことをとおして、ユダ(と他の兄たち)は、神様によって心を探られ、過去に犯した罪を暴露されたと痛感しました。(42:21-22; 44:16)

II. 非を認めるユダの誠実さ:父ヤコブの前で
シメオンが人質となり、ベニヤミンを連れて行かなければならない状況にあって、彼は父ヤコブに配慮し責任を果たそうとする覚悟を示しました。(43:8-10)神様に心を取り扱われ(彼が正しく応答したことにより)父(そしてベニヤミン)への対応における心の変化を見ます。(37:27参照)そこには自らが行ったことに対して責任を(率先して)取ろうとする態度、代償を払おうとする態度があらわれています。

III. 非を認めるユダの誠実さ:総理大臣ヨセフの前で
彼はエジプトの総理大臣であるヨセフの前で、弁解の余地がないことを告白しています。(44:16)その上で、彼は父を想い、ベニヤミンを想うが故の切なる懇願をしています。(44:18,33-34)かつては父親の気持ちよりも自分の気持ちを優先させたユダ(たち)、弟が特別扱いされることに我慢できなかったユダ(たち)の大きな変化をここに見ます。自己中心的ではなく、犠牲を払おうとし、責任を果たそうとし、必死に外国のリーダーに食い下がっている態度をここに見ます。

まとめ:神様に対してまことを尽くそうとする者を神様は祝福される
エジプトで17年過ごしたヤコブは遺言でもあり、ユダ部族への預言でもある祝福の言葉をユダに贈っています。(49:8-12)この数百年後、ダビデ王がユダの子孫から登場してきます。同時にヤコブの言葉は、メシアとして来られるイエス様を指す預言でもあります。大きな過ちを犯したユダではありましたが、悔い改めを経て、祝福を得ているのを見ます。
私たちは皆過ちを犯す者ですが、犯したことに対しどのような対応をするかによってその後の神様による用いられ方が変わってきます。自身の罪深さを認め、悔い改め、赦しを感謝する者には祝福があるのです。
男性として(そして女性として)素直に非を認める謙虚さを持ちましょう。自分が取った行動には責任を持ちましょう。他者を顧みる視野の広さを持ちましょう。聖書的男らしさとは、結局のところ神様が喜ばれる人間らしさであるということを覚えましょう。

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