3月28日 復活の主のチャレンジ

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来週の日曜日は復活節(イースター)であるため、今週は受難週となります。イエス様の死の意義を特に覚えたいと思います。神であられるお方が、人となられ、罪のまったくないお方として死なれました。それにより、神様の前に罪のある私たちが、ゆるされて神様との正しい関係に入ることが可能となりました。私たちの救いの実現は、イエス様の十字架における尊い犠牲の上に成り立っています。イエス様が死なれ、復活されたことにより、イエス様を信じるクリスチャンは、新しい生き方ができるようになりました。それは本来、罪があってどうしようもなかった私たちが、変えられて、今度はイエス様のために生きることができるようになったことを意味します。今回は復活直後のイエス様の(ペテロに対する)チャレンジから学びたいと思います。(ヨハネの福音書21章15~19節)

イエス様のペテロに対する愛に関する3度の質問(15~17節)は、彼がイエス様との関係について3度否認したことと関連しています。このことには、イエス様がなおペテロを愛しておられることを、他の弟子たちの前で明確にするイエス様の意図がうかがえます。同時に、ペテロにはイエス様に対する愛の表現の機会を設けられ、イエス様から(再度)お役目をいただくことになります。
今回の箇所では2種類の“愛”(アガパオとフィレオ)ということばが使われていますが、同義語としてとらえることができますが、また一方で、もし2つに違いがあるとするならばイエス様とペテロ双方に何らかの意図があると思われます。

I. イエス様を愛すること
イエス様のペテロに対する語りかけは質問ではありますが、ペテロにとっては質問以上の意味を持っていたのではないでしょうか。イエス様には、彼の正直な思いを表現させ、彼を立ち直らせ、励ます意図があったはずです。それゆえ、イエス様の質問は、ペテロには命令に近い響きがあったのではないでしょうか。ペテロ自身にイエス様に対する愛があるかないかではなく、イエス様に対してどのような心であるかをことばにさせる必要があったのではないでしょうか。ペテロにしてみれば、3度の否認をしでかした者として、イエス様を失望させ、また自分に失望し、弟子たちの中でも微妙な立ち位置であったことでしょう。彼の遠回しな返答は、彼の複雑な、それでいて砕かれた(良い意味で)自身のない姿を物語っています。3度目の質問に対する返答では、すべてを知っておられるイエス様に自身を委ねました。“イエス様、自分はイエス様を愛しているけれども、その評価はあなたにお委ねします”という思いだったのかもしれません。

II. イエス様に仕えること
イエス様への“愛の返答”をしたペテロに対して、イエス様はその都度、“私の羊を飼うように”という趣旨の命令をお与えになりました。それは彼が信者を教え導く者として任命されたことを意味します。彼は、イエス様を信じ、イエス様の羊となったクリスチャンを養うのです。イエス様がこの場面で、ペテロに対してしておられるように、イエス様の羊(クリスチャン)を導くのです。この任命は、イエス様を裏切ったペテロがイエス様から信頼されている、つまりゆるされていることを意味します。イエス様が彼にお尋ねになり、お求めになった愛は、彼のこれからの奉仕の動機・ちからとなるのです。

III. イエス様に従うこと
イエス様は、ペテロの殉教について予告なさいました。そのことを通して、彼は神様に栄光を帰すのです。ペテロは自身の手紙の中で、イエス様のための苦難を喜び、苦しみを通るときに神様をあがめるようにと他のリーダーたちを励ましています。(Iペテロ4:13-16) 彼はこの時から約30年後、皇帝ネロのもとで殉教したと伝えられています。以前彼が言った、「あなたのためなら、いのちも捨てます」とのことば通りになったのです。(ヨハネ13:37)
イエス様は殉教の予告の後で、「わたしに従いなさい」と仰いました。それは継続する従順を意味します。イエス様が、ご自分への愛をお求めになるのは、愛が従順の“潤滑油”となるからです。(ヨハネ15:10)

まとめ: イエス様は、愛に基づいて仕え、従うことを求めておられる
クリスチャンはイエス様にお仕えし、イエス様に従うのですが、それはイエス様が恐ろしい存在であるから無理矢理そうさせられているのではありません。イエス様は、愛の神様であり、愛をもって治められる王です。イエス様は、私たちを愛するがゆえに、この世界に来られ、人に仕える、完全な奉仕者となられました。それは、私たちを、人としてあるべき姿へと回復するためだったのです。イエス様が肉体を取られ(人となられ)、十字架で死なれ、復活されたことによって、イエス様を信じる人は、イエス様に対して愛で応答し、愛に動かされてお仕えし、従う人となったのです。そしてこのことは毎日更新していくものとして、チャレンジを受けているのです。
3度イエス様を否認したペテロが回復させられたこと、それは(罪深く、失敗する)私たちに正しい姿勢がある限り神様はまた立たせてくださり、(イエス様が与えてくださる何らかのお役目のために)用いてくださるということです。イエス様の受けられた苦しみ、十字架の辱めと痛みを念頭に置き、イエス様がどのように、どれほど私たちを愛し、私たちに仕え、そして父なる神様に従われたかを黙想しようではありませんか。

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