7月12日 栄光の主

旧約聖書の時代には、幕屋が完成した時も、神殿が完成した時も、主の栄光がその場所に満ちたと記されています。(出エジプト40:34; II歴代7:1) 主の栄光とは何でしょうか。栄光ということばは教会でよく使われるものですが、何か漠然としているかもしれません。しかし、主の栄光が、神様の、何かとてつもなく素晴らしい事がらを説明していることは間違いありません。それは“他よりすこしだけ良い”というレベルのものではなく、人の感覚とは別次元のものであるということです。今回は“主の栄光とは何か”ということよりも栄光の主がなぜそうであられるのかということと、そのお方が私たちに何を求めておられるかを学びたいと思います。(ヨハネの福音書13章31~35節)

I. 栄光の主は父なる神様と栄光を共有される(31~32節)

これらの節では以下のことが明確にされています。
①御子は栄光をお受けになる
②父なる神様は御子によって栄光をお受けになる
③父なる神様は御子に栄光をお与えになる

この箇所でイエス様はご自分のことを「人の子」と呼んでおられます。イエス様はこの福音者でしばしばこの称号をお使いになられました。これは、肉体をお取りになったイエス様が、神の前に人を代表し、また人としての歩みにおいて神を代表する称号です。神様は、イエス様の人としての完全さの中に、人に対する十分なご自身の表現を見出されたのです。栄光をお受けになった人の子であられるイエス様のご人格において、ご自分の栄光を余すところなくお示しになったのです。

イエス様は「栄光」ということばを、ご自分の死と関連させ、みわざの達成と御心とされた時が熟したことと結び付けておられます。イエス様の十字架は神様の最高の栄光となるのです。なぜなら御子イエス様は、父なる神様の御心に完全に従われるからです。それゆえイエス様の従順が神様の栄光となるということは、それによってもたらされる私たちの救いが、神様の心からのお喜びであるということなのです。

33節のイエス様の呼びかけは、弟子たちに対する愛と配慮に満ちたものです。ここで、以前ユダヤ人たちに言われたように(8:21)、弟子たちにも、ご自分が行かれる所に彼らが来ることはできないと仰いました。しかし弟子たちには、彼らが今ご自分についてくる準備はできていなくても、のちに合流することを約束されました。(ユダヤ人に対しては、彼らの不信仰ゆえ罪の中で死ぬことが予告されました。)

II. 栄光の主は人に栄光を共有させてくださる(34~35節) 

これらの節では互いに愛し合うことによって栄光の共有が実現することが語られ、互いに愛し合うことの命令と模範、そして結果が示されています。

イエス様は、まもなくご自分が去っていかれること、そして弟子たちがついていくことができないことを宣言されたうえで、彼らに望んでおられることを語られました。それは互いに愛し合うことです。愛はイエス様の弟子であることを特徴付ける性質です。互いの愛の心と態度が、高ぶりや競争心を退け、皆を一つにするのです。イエス様は惜しみなく彼らを愛されました。それゆえ同じことをお求めになっておられるのです。

この命令は時間的に新しいものではありません。(申命記6:5; レビ記19:18) しかし、ここでこの命令が“新しい”とされる理由が少なくとも二つあります。一つはこの愛はイエス様が模範として示しておられる犠牲的なものであるということです。もう一つは、この愛は信じた者の内に住まわれる聖霊の(変革の)ちからによって(イエス様を仲介者として神様と交わされた契約を通して)生み出されるものであるということです。イエス様は教えと模範によって、この命令に深い意味を加えられたのです。(Iヨハネ2:8)

私たちが、より自身の罪深さを認識する時、救い主の愛をより認識します。救い主の愛を、より感謝する時、神様から示される標準がより高いものとなります。標準が、より高いものとして示される時、私たちは自分がどれほど自己中心的であるか、罪深いかを認識するのです。

互いに愛し合うことの実現により、愛の源であられるお方がほめたたえられます。

まとめ: 栄光の主に栄光を帰しましょう

イエス様の素晴らしさは、私たちがする何かによって変化するものではありません。しかし、神様の栄光があらわされた十字架の効果を体験させていただいている者たちとして、イエス様をお喜ばせすることが,、私たちの生きる最大の目的であるべきです。なぜなら、そのことを神様は喜んでくださり、私たちもそのことによって、この世の中では味わうことのできない喜びと満足を経験するからです。私たちは教会としてどのように神様を喜ばせること、イエス様に栄光を帰すことができるのでしょうか。一つは教会に連なる兄弟姉妹が互いに愛し合うことによってです。どのようにしたら愛し合うことができるのでしょうか。それは“私が兄弟姉妹のためにできることは何だろうか”と考えることから始まるのではないでしょうか。

 

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